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2019/09/08

Member's Blog (4回生 江口 佳太)

いつも同志社大学ラグビー部を応援して頂き、誠にありがとうございます 。
4回生 学生コーチの江口佳太です。
 
拙い文章ではありますが、私が学生コーチに転身した経緯などを書かせて頂きましたので、最後までお付き合い頂けると幸いです。宜しくお願い致します。
 
『最初の一歩』
父と兄がラグビーをしていたこともあり、私が物心ついた時には楕円球を抱えていました。その為、3歳の頃には地元のラグビースクールに兄と共に通っていました。
 
私は小学生の頃とても活発な性格であった為、当時担任の先生に相撲部を勧められ、ラグビーと兼部という形で入部していました。

当初は遊び感覚でしたが、徐々に負ける悔しさを覚え、3年連続して両国国技館で行われる全国大会に出場するまで成長しました。

(小学1年生の時に初めて、相撲の大会に出た時の写真です。補足ではありますが、いつでもジャニーズの道を歩む覚悟はできていました。)
 
中学進学を機に相撲を引退し、父が監督を務めるラグビースクールに入部しました。
 
『My Page』
私はラグビーを通じて、主将や日本一という貴重な経験や、怪我による手術を5度経験するなど多くの挫折や困難を経験し、責任感や協調性、自己犠牲など私自身の強みを培うことができました。

(高校3年生時の写真です。私の高校最後の対戦相手は、現チームの副将、服部君率いる東福岡でした。この時も最後の最後で私は頬の骨を骨折し、花園から病院へ。直行しました。)
 
そして、大学日本一に第一線で貢献するという目標を掲げ、私は選手として入部しました。

(大学1年生時の写真です。体重が86㎏あった為、よくFWに間違えられていましたが、華麗にグラウンドを駆け回るCTBだったとか否か。)
 
しかし。
大学2回生の冬のある時、私は激しい腰痛に襲われ、寝ることさえ困難な状況に陥りました。

翌日病院でMRIを撮ると、脊椎に腫瘍があると申告されました。

申告されてから検査の結果が出るまでの時間、私は真剣に死と向き合う程、過酷で言葉に言い表せない心境でした。

検査の結果は良性腫瘍で、脊髄腫瘍と呼ばれるものでしたが、生きていることが当たり前のように感じていた私にとって、その時間は自分自身と向き合う貴重な時間となりました。

 

私はその時に、海外留学をはじめ、大学生活を自身の成長に繋がる時間にしよう、後悔ない生き方をしようと強く決心しました。
医師や家族とも話し合い、私は当時18年間続けてきた選手を諦め、治療に専念することにしました。

 

そして同時に、チームの日本一に選手ではなく、今まで経験してきたことや学んだことを仲間に伝え、選手を支える裏方としてチームに貢献することを目標に掲げ、転身しました。


現在は学生コーチとして、やりがいや責任感のある中でとても濃い時間を過ごすことができています。
 
『これからの個人目標』
私のこれからの目標は、学生コーチとしてチームに貢献し、選手と共に最高の喜びをグラウンドで分かち合うことです。


また、後悔無くやりきったと心から思える形で引退、卒業を迎えたいです。

その為にも今私ができることに全力で取り組み、チームの為に行動していこうと思っています。

最後までご覧頂きましてありがとうございました。
今後とも同志社大学ラグビー部を宜しくお願い致します。

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